【さよならイムズ】①人生初コンサートは小堺一機

さよならイムズ

福岡・天神のど真ん中にそびえ立つイムズビル。

2021年8月31日で閉館し、

32年の歴史に幕を閉じます。

イムズでの思い出を語るシリーズ!

【さよならイムズ】!

あの既視感…当たり前だったものがなくなる

大好きだったゲームが配信終了。

お気に入りのあの店が閉店。

前は好きでハマってた場所、モノ。

でも最近ほとんど行ってない、

やってない…。

気がついたら終わってた…。

終わってたんだ…。

前はよくやってたのに。

なんかさびしい…。

最近こういう話多くない?

大好きな街に大好きだったビル・イムズ

2021年8月末で閉館する。

1989年から2021年までの

32年間営業していた。

自分の青春時代のど真ん中に

入っている。

でも最近はとんと行ってない…。

だけど楽しい思い出がいっぱいあった!

私の青春そのものビル・

イムズの思い出を振り返る!

初コンサートは小堺一機

私の生まれて行った

記念すべき初コンサートは

小堺一機のコンサートだった。

イムズ上層階にあるイベント会場

イムズホールで開催された。

多分平成元年か2年頃だった。

なぜ小堺?と思うだろう。

私もそう思う。

このコンサートは私の親が

私の誕生日プレゼントとして

連れて行ってくれたのだった。

小堺じゃない、ライオンちゃんが好きなんだ

当時、私はフジTVで放送されていた

番組「ライオンのいただきます」が

大好きだった。

ライオンのいただきます - Wikipedia

(笑っていいともと同じスタジオで

放送されていた後時間番組。

いいともの金曜日のゲストの

明石家さんまがそのまま

「いただきます」にゲリラ出演する

サプライズがあったりした。

TVが面白かった時代の話。

番組タイトル

「ライオンのいただきます」って

ただの捕食行動じゃないかとふと思う)

私は毎日「いただきます」を

VHSビデオで予約録画するほど

ゴリゴリに観ていた。

それを知った親が

「うちの娘はそんなに小堺一機が

好きなのか」

と誤解してしまったようだ。

言っておくが

私は小堺一機のファンではない。

「いただきます」が好きなのは

ライオンちゃんが好きだったからだ。

※画像はお借りしています。

(「いただきます」のスポンサーの

ライオン(株)。

そのマスコットキャラクターの

ライオンちゃんの着ぐるみが

アシスタント的役割で出演していた。)

どのくらいライオンちゃんが

好きだったのか

・ライオンちゃんのフェルトマスコットを自作した。

・近所の(株)ライオンの玄関に置いてあるライオンちゃん看板を見に行った。

ライオンちゃんを自分のものに

したかったくらいだ。

番組を予約録画するのも

その時間は学校に行っていて

リアルタイムでライオンちゃんが

見られないからだ。

断じて小堺一機のファンではない。

私は親から小堺のコンサートを

プレゼントされ

内心

「なんで小堺なんだ…。

違うのに…。

私は小堺のファンじゃないのに…。

私が「いただきます」を熱心に

観てたのはライオンちゃんが

見たいだけだったのに…」

と思っていた。

そしてコンサート当日

両親と姉の4人で

イムズホールへ向かった。

小堺一機オンザセット

コンサートでは

当然だが

小堺がきらびやかなステージ上で

ノリノリに歌って踊っていた。

ノリノリの小堺を見ながら

「私が見たいものはこれじゃない。

私は別に小堺の歌が

聞きたいわけではない」

とずっと思っていた。

ところがコンサートが

盛り上がってくると

着席していた周りが立ち上がるので

つられて自分も立ち上がる。

仕方なく腕を振って

曲に乗る体の動きをする。

両親はノリが分からず

座ったままだった。

単に体力的にきつかった

のかもしれない。

姉はコンサート慣れしていたので

「立ちあがってノリに乗るのは

マナーみたいなものだ」と言っていた。

しかしコンサート自体は

予想に反して面白くなっていった。

歌の合間に小堺がトークをする。

その軽妙なトークがとても面白かったのだ。

さすが毎日の「いただきます」で

鍛えられているだけのことはある。

キレッキレのトークは

爆笑の連続だったことを

覚えている。

肝心のどんな内容だったのかは

全く覚えていない。

面白いという記憶は

得てしてそんなものである。

おまけ・自作ライオンちゃんマスコット

この記事を書くにあたって

ライオンちゃんマスコットの

存在を思い出した。

30年以上前に自作したものだ。

ところどころ刺繍を諦めているあたりが

素人の仕事である。

ライオンちゃんに執心していた私が

ライオンちゃんの画像を見ながら

イチから作成したのだ。

(※画像はお借りしています。)

右腕どうなってんだ?

作成するにあたり

背面の構造が分からなかったので

近所のライオン(株)まで

ライオンちゃん看板を見に行ったのだ。

結果、背面も同じイラストだった。

なので立体化を想像するしかなかった。

できたもの(閲覧注意)?

なんだこれ?

腕びよいん。

(正面)

よく見たら…

たてがみ

ペラッペラやん!

フェルト1枚!

しかしコレをよく捨ててなかったな…。

クレイジーダンシャリ祭の選別を

くぐり抜けてよく残ってたよ、

ライオンちゃん。

好きなものに執心して

人形を作るのは数十年経っても

変わっていない自分。

リアルクロロ団長と

ランバ(ラル)ジャ

(ランバジャはフィギュアでは

ありません。)

本日のいかがでしたか?

・初コンサートが小堺一機なのはいいネタになった

・なにかに熱中するといいことがある

・当たり前のものの良さを噛み締めて後悔するな

撮影:ゆーちゅーばークロロ

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