【30年前】昭和の少年があこがれのミュージシャンのタオルを手に入れるまで

さよならイムズ

モノも情報も手に入れるのは大変だった

30年前と現在、

モノと情報の価値が

変わってしまった。

今では当たり前にやってること、

いつも何気なく目にしていること、

これらは当たり前でも

簡単に手に入るものでもなかった。

これらが30年前では結構大変な、

骨の折れることだったのである。

・好きな音楽を聞く

・見たい映像を見る

・知りたい情報を集める

昭和の少年がミュージシャンKと出会う

「お気に入りのミュージシャンの

グッズを手に入れる」

現在なら

ネットでわずか数秒で完結する

しかしこの行為が

30年前ならどうだっただろうか?

昭和生まれの少年Y

日本の地方都市、

その更に郊外の町に住んでいた。

時は平成元年。1989年。

バブリーで景気のいい

世の中だった。

昭和生まれの少年Yは中学生。

とあるミュージシャンK

心を奪われる。

友達から

「かっこいい人おるから聞いてみて!」

と勧められたのだった。

カセットテープを貸してくれた。

すぐにミュージシャンKに夢中になり

テープは何回も聞いた。

さらにそのミュージシャンKのCDを

レンタルCD屋で借りてきた。

ちなみにレンタルCD屋は

ゲオでもツタヤでもない。

現在は存在もしてない

小さな店である。

さっそく姉から

CDラジカセを借りて

ダビングした。

古いラジカセだけは持っている。

こっちはカセットテープしか聞けない。

「今度誕生日のプレゼントに

CDラジカセを買ってもらおう。」

部屋で何回も聞いた。

情報が少ない、手に入らない、そしてお金がない

歌番組にそのミュージシャンKが

出演するのを楽しみにしていた。

しかしいつ出演するのか

日時が分からない。

現在のように

活動がホームページで

公開されてるわけではない。

新聞のTV欄に名前がないか

いつも探していた。

タウン情報誌を立ち読みして

情報収集した。

ミュージックビデオが見たいけど

深夜の5分間音楽番組か

天気予報の後ろでわずかに

放送される数秒間の映像しか

観られない。

調べに調べて、

待ちに待ったミュージシャンK

TV出演。

TVで見たミュージシャンK

輝いていた。

トレードマークのタオルを肩に掛け

軽やかにステージで踊り、歌う。

「あのタオル、テープ貸してくれた友達も持ってたな。

いいな…。欲しいな…。どこで買えるんだろ…?」

ミュージシャンKは新曲とアルバム発売の宣伝で出ていたのだ。

新しいCDが欲しい。

少ないお小遣いを貯め

地元の小さいレコード屋で

予約購入した。

そして、

やっと自分のCDが手に入った。

そのCDと一緒に

チラシが入っていた。

CD発売記念イベントの

お知らせだった。

・コンサート会場でしか買えない

グッズ販売

・ステージ衣装展示etc…

「すごい!ミュージシャンKのグッズが買えるんだ!

これは絶対行きたい!どこでやるんだろ…?」

ミュージシャンのグッズなんか

コンサートに行かないと買えない。

そもそもコンサートに行けない。

コンサートチケットを

買えるお金がない。

グッズはファンクラブの通販

(郵便振替)で買えるものの

ファンクラブの会費が高い。

何をするにも中学生には

高額なお金がかかるのだ。

昭和の少年、異世界の繁華街に迷い込む

ミュージシャンKの

CD発売記念イベント会場は

地元の繁華街のど真ん中にある

新しい商業ビル。

自宅から電車で1時間かかる。

そのビルは最近できたらしい。

新しいビルができましたとか

TVで言ってたような気がする。

あんまり出かけることがない

繁華街。

家族と一緒に食事に行くくらいだ。

「ちゃんとたどり着けるかな…。

あんまり行かないから不安だけど

ミュージシャンKのタオルのためだ!

迷わないように

場所を調べておこlう!」

そしてある日曜日。

電車賃を用意して、

この日のために貯めたお小遣い

(前借りあり)を握りしめて

(実際はリュックに入れている)

電車で繁華街へ向かう。

地元とは違う都会の駅。

電車から降りて街を歩くと

やっぱり地元より人が多い。

ビルが高い。

そして目的地の黄金に輝く金ピカのビルがあった。

あの中にイベント会場がある。

内部は光が降り注ぐ

巨大な吹き抜け。

カプセル型のエレベーターが

上下している。

お祭りみたいに多くの人が

行き交っていた。

「スゲー!なんだここ…?

宇宙船?近未来都市?

すごいとこに来てしまった…」

ここの8階の特設会場で

イベントをやっている。

どんなイベントなんだろう。

ワクワクしてきた。

エスカレーターで

会場のある階へ向かう。

よく分からないけど

おしゃれっぽい聞いたこともない

音楽が流れる店内。

地元とは違うおしゃれな格好をして歩く通行人。

吹き抜けの向こうには

何が売られてるのか分からないけど

なんだかおしゃれな店が

並んでいる。

見るものすべてがおしゃれだ。

高そうな車が展示してある階もある。

どうやって入れたんだ?

ここ4階なのに?

長い道のりを経て憧れのタオルを手に入れる

普段とは違う異空間に

ドキドキしながら

張り切って

一番乗りで会場に着いた。

午前中の早い時間だからか、

来場者はそんなに多くいなかったものの

自分の中では熱気ムンムンだった。

まるでコンサートにでも向かう気持ちで会場に入る。

ミュージシャンKの曲が流れていた。

新アルバムのポスターが飾ってある。

マネキンがミュージシャンKの

着てた衣装を着てる!

レンタルビデオで借りたコンサートの

映像で見たやつだ!

そして物販のコーナー。

あった…!夢にまで見た

憧れのタオルが目の前にある!

「あった!ほんとにあった!

このためにここまで来たんだ!」

これを手に入れたら自分も

ミュージシャンKみたいに

なれるんだ!

他にも欲しいグッズはあったものの

タオルしか買えなかった。

タオルだけでも中学生には高額すぎる。

買ったタオルを大事に抱きしめ

(実際はリュックに入れた)

意気揚々と家路に着いた。

途中で駅がどこかわからなくなった。

さらに

自分がどこにいるかさえ分からない。

慣れない街では道に迷う。

このイベントのためにお小遣いを

前借りした。

電車賃はかかったし

事前にCDも買ったので

お小遣いはスッカラカンだ。

でものミュージシャンK

持っているものと

同じものが手に入った。

しばらくは、もうそれで十分だ。

鏡の中の昭和の少年はミュージシャンKになった

家に帰ってきた。

ウキウキ気分で

タオルを袋から取り出す。

「これだ…!これだよ!

このタオルだよ!」

さっそくミュージシャンKばりに

肩にかけてみる。

部屋の鏡が小さい。

全身が見えない。

洗面所へ行き、今度は大きな鏡の前で

肩にかける。

あのミュージシャンKのように

小粋にポーズを決める。

鏡に映った自分はいつもの冴えない自分ではない。

まばゆいステージ上で観客を魅了する

スターだった。

「今日は雨の中…(?)

俺のコンサートへ来てくれて

有難う…!」

そこへ突然、お母さんが洗濯物を取りに洗面所に現れた。

「しまった…!見られた…!」

風呂あがりでもないのに肩にタオルをかけ

薄暗い洗面所でステージパフォーマンスをして

架空のファンたちに熱いメッセージを送る

ミュージシャンKになりきっていた自分を

お母さんは変なものでも見るように眺めていた。

「アンタ、なんしようと?」

恥ずかしさと気まずさで

穴があったら入りたい。

なんでも手に入る、便利になった令和時代

これをもし現在の令和時代なら

昭和の少年はどうしただろうか?

お気に入りのミュージシャンの曲。

Youtubeで好きなだけ聞ける。

歌詞も見られる。

歌詞なんか

高いCD買って歌詞カード見ないと

分からなかったのに。

MVも見放題。

あれだけ探し回っても

数秒しか見られなかったのに。

ミュージシャンのグッズは

公式ホームページから買える。

情報もホームページに集約されている。

ファンが発信している情報もある。

タオルはなんならメルカリなんかでも

買えるかもしれない。

今はお金があるから

好きなように買える。

もしお金がなくても

十分楽しめる。

ほんとうに、いい時代になった。

楽に手に入る。

しかし、欲しい物を求めて

心を燃やし

命のエンジンをブン回して

がむしゃらに駆け回る。

あの頃のような情熱は

今持っているだろうか?

モノや情報は簡単に手に入る。

しかし、

30年前は手に入らなかった。

モノはたくさんあった。

しかしお金がなくて手に入らない。

情報源が限られていた。

地方都市ならなおさら

情報が届かない。

喉から手が出るほど欲しいモノ、

見たくてたまらない映像、

どうしても知りたい情報。

手に入れるために

それこそ心を燃やし

情熱を注いで駆け抜けた。

知りたいことを少ない情報源から

必死に調べ

カラカラに乾いた大地が

グングン水を吸い込むように

知りたいことを吸収した。

それほど心を動かして燃やして

情熱を注ぐことができた時代を

過ごせたのは

モノや情報を得るよりも

最高に贅沢な経験だったのだ。

捨てずにとってあるタオル

昭和の少年はいまや

令和のおっさんになった。

ネット配信されたゲームをして

Youtubeで動画を見て音楽を聞く。

もうかつてのように

ゲームソフトを買うために

早朝に長い列に並んだり

情報誌を買って赤ペンで

チェックすることもなくなった。

あこがれのミュージシャンKのタオルが

売られていたビルは

再開発のため閉館した。

ミュージシャンKのタオルは

昭和の少年もとい令和のおっさんの元に

いまも寄り添い続けている。

本日のいかがでしたか?

・まずインターネットがなかった。

・そしてスマホもPCもなかった

・過ぎ去った日は美化される。

あの頃はよかった。そして今もいい時代だ。

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